【ハナヤマ通信】361 医学を内包する美術
先月、武蔵野美術大学の関野吉晴教授に招聘されて、大学で講演をさせていただいた。
関野先生については、テレビ番組の「グレートジャーニー」シリーズで、ご存じの方もおられるだろう。
彼は探検家であり、医師でもあり、またモルフォセラピーのよき理解者でもあるのだ。
この講演は、彼の研究室が主催する「地球永住計画(※)」の連続講座の一貫として行われたもので、私には「美術と医学」というテーマが与えられていた。
講演の準備にはかなり時間をかけたので、当メールマガジンにも、講演の内容を記しておこうと思っていた。
だが、いずれ録画をお見せできるかもしれないので、今日は少し違った角度から、医学と美術の話をお伝えしようと思う。
医学と美術というのは、対比して語られることの多いテーマである。
しかし、医師が語るときには医学に、美術家が語るときには美術に偏ることが多く、真の意味で両者が交わることはない。
また一般的には、医学は唯物論、美術は観念論的なイメージが強いだろう。
そこで今回は、美術を唯物論的な見方で捉えて、医学との交わりを考察してみたい。
医学と美術の接点といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が描いた解剖図を思い出す人が多い。
解剖図は、いわば人体の地図であり、医学の進歩は解剖図の完成から始まったといえるほど、重要な存在だ。
正確な地図がなければ、目的地にたどり着くことが難しいように、正しい解剖図なしでは、まともな医療など期待することすら難しかったのである。
医学における正確な解剖図の出現は、ヴェサリウス(1514-1564)の『ファブリカ』から始まったといわれる。
『ファブリカ』は、ルネサンスを代表する画家、ティツィアーノの弟子によって描かれた。
この『ファブリカ』の完成に貢献したのが、美術における遠近法や透視図法の発見だったのだ。
だがこれは、たまたま医学と美術が結びついた一瞬に過ぎない。
解剖図の完成によって、ルネサンスのような新しい美術の流れが生まれたわけではないし、美術によって、病気の画期的な治療法が発見されたわけでもない。
ダ・ヴィンチにしても、解剖図は描いたが、実際に病人を治療したという話は聞かない。
どの時代を見ても、美術家はモチーフとして病人を扱うことはあっても、美術を基にして、具体的に医療そのものに関わった例はない。
全く異なるジャンルから医療に関わったのは、床屋ぐらいなものだ。
16世紀のヨーロッパでは、医療の主流は内科的治療であり、外科的な治療は床屋がやっていたそうだ。
床屋は職業柄、人の体や刃物に触れる機会が多かったからだろうが、外科的治療といっても、期待される内容がその程度だったということだろう。
それはさておき、美術家として医学に関わったのは、歴史上では私が最初である。
以前、知り合いのイカ釣り漁師が、「オレは世界で初めて、LEDを使ってイカ釣りをした男だ」と豪語していた。
実際のところ、LEDの照明では、思ったほどイカが集まらなかったそうだが、話としてはおもしろい。
そこで私も、胸を張って「世界初だ」と宣言しておく。
もちろん、現代において病気治療の専門家といえば、医師であることはまちがいない。
だが、治療の専門家は医師であっても、治療を受ける当事者は、患者本人であることはいうまでもない。
そして、最終的にその治療の責任を負うのも、医師ではなく患者本人なのである。
患者本人が、何らかの治療を選択したという意味において、これも当たり前の話であるはずだ。
ところが、多くの人が、病気に関することはすべて医師に任せ切って、その責任から逃れようとする。
たとえ、自分の生死に関わるような事態に直面しても、依然として医学の素人のまま、部外者のままであろうとするのだ。
だが、そもそも医学は、医師だけの所有物ではない。
まして病気についてなら、だれもが当事者となり得るのだから、だれが研究してもよいはずだ。
だれであっても、それぞれが何らかの方法で、人体のスペシャリストになる可能性はある。
当然、美術家もその例外ではない。
ダ・ヴィンチにしても、医師をはるかに上回る観察眼と、卓越した技法によって、解剖図を描いてみせたのだ。
ここで知っておいてほしいのは、医学は、皆が期待しているほどは進歩していない点である。
最先端の医学がニュースになっても、それはごく一部の研究室内での話であって、医療の現場まで届いていない。
今でも、病院で治る病気は、それほど多くはないのだ。
そのため、医学に対する過剰な期待は、往々にして、「こんなはずではなかった」という結果に終わる。
たとえば、病院では体の異常を、主に画像と数値に置き換えて診断する。
デジタル化することで客観性を持たせようとしているわけだが、現行の検査方法は、いまだ発展途上であり、完成された技術とはいえない。
その証拠に、患者本人が不調を訴えているのに、検査では「異常なし」と診断される例が、無数に存在する。
しかも、検査で原因が特定できなかった体の異常の多くが、「気のせいだ」「心の問題だ」といって処理されている。
実は、これはたいへん異常なことなのだ。
機械論でその地位を築いてきたはずの現代医学が、生気論の時代に逆戻りしているようなものである。
それでは、現代医学の科学としての正当性すら否定することになるのだから、医学史上、由々しき事態だ。
ところが、美術の世界には、医学では判断のつかない、こういった体の異常に対して、唯物論としての絶対的な基準が存在するのである。
その基準となっているのが、いわゆる「美」だ。
「美」に対する認識は、人によって判断の基準が異なると考えられている。
しかし、古代エジプトやギリシア、ローマにおいては、シンメトリ(左右対称)な体こそが、「美」の基準であった。
そのため、人体を模した当時の彫刻は、すべてシンメトリに表現されているのだ。
また、シンメトリであるか否かは、古代文明だけでなく生物学においても、脊椎動物すべての基準となっている。
つまり、これが唯物論としての、美術の基準なのだ。
医学と違って、この基準は時代に左右されることのない不変なものである。
この基準に照らせば、人体には、シンメトリな美しい体と、アシンメトリ(左右非対称)で「美」から逸脱した体の、2種類しか存在しないことになる。
そして、人体の「美」への回帰、すなわちアシンメトリな体をシンメトリに戻すことで、人体からは病気という存在がなくなる。
これが、モルフォセラピーの目的だ。
要するに、モルフォセラピーは、医学と美術の接点に留まらず、美術本来の役割を担うものであり、可能性を具現化したものでもある。
この点において、医師はもちろん、だれもが美術家として、究極の「美」を求めることができるのだ。
これまで、医学と美術は全く違った領域のものであり、美術というのは、医学ほど明確な目的を持たないと考えられてきた。
しかし、美術の本来の目的は、領域そのものを創り出すことなのである。
そう考えれば、医学と美術は、対峙するものでもなければ、融合するものでもない。
医学とは、美術に内包されるべき存在だといえるのではないか。
かつて、美術は医学の流れを変えたが、その逆はなかった。
この事実からも、両者の関係性が見て取れるだろう。
すると、私がやろうとしてきたことも、医学への挑戦ではなかったのだ。
私が美術家として、医学の領域に踏み込んだことは、実は、美術の領域を再認識させるための、美術界への挑戦となっていたのである。
(花山 水清)
※関野吉晴研究室「地球永住計画」 http://www.sekino.info/?p=1849
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先月、牛丼のM屋に行きました。食券を買ってカウンターに置いてから、
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る店員さんに凍りつく店内。そんなつもりはなかったのにぃ。(ハナヤマ)
★次回「ハナヤマ通信」は、12月7日(水)午前10時配信予定です★
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■記事提供/花山水清 ■編集・発行責任/有限会社花山水清
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