【ハナヤマ通信】357 脳性麻痺
この春、ある方の紹介で、「私の哲学」という小冊子のインタビューを受けた。
その記事がネット上に掲載されたことを、先月号でお知らせしたので、すでに読んだ方もおられるだろうか。
サントリーの社長やプロスキーヤーの三浦雄一郎氏など、錚々たるメンバーに並んでなぜ私が? と思わないでもなかったが、モルフォセラピーの存在を知ってもらうチャンスだから、インタビューをお受けした。
そのインタビューのなかで、20年近く前に診た、脳性麻痺の子供のことについて、少しだけ触れたのだが、それが記事になってみると、誌面の都合上、話が省略されている部分もあった。
そこで今回は、その補足を兼ねて、当時を振り返ってみたい。
その頃の私は、患者さんのお宅を訪問して、施術をおこなっていた。
患者さんの多くが、がんや膠原(こうげん)病などの、重病患者だったこともその理由だった。
しかし、そうした重大疾患の患者さんの場合は、交通費も取らず、施術料金そのものも、治ったらいただきますといって、無料にしていた。
実際には、治って最大限の感謝はして下さっても、最初の約束通り、料金を支払ってくれる人は稀であった。
こう話すと、奉仕活動のようで聞こえが良いかもしれない。
しかし、私にはそのような気持ちはなく、一切お金をもらわなかったのも、責任回避のためだったといえる。
医師と違って、われわれ民間療法家の場合、施術でトラブルがあれば、責任問題に発展する可能性が高い。
特に、生死に関わるような疾患となると、さらに責任が重い。
医師のように、治らなくても治療費だけはしっかり取って、それで終わりというわけにはいかない。
それは、私には感覚的に耐えられない。
かといって、重病の方からの施術依頼を、むげにお断りするのも忍びなかった。
そこで考えついたのが、このシステムだったのだ。
そんな頃、知り合いの助産師さんから、3歳の脳性麻痺の男の子(A君)を診てくれないかと頼まれた。
脳性麻痺は、私にとって初めての症例であった。
以前、インドに住んでいた頃、隣家のフランス人青年は、交通事故による脊髄損傷で、下半身が麻痺していた。
彼のところには、フランス人のマッサージ師が治療のために通っていた。
いつか回復した時に備えて、関節が固まってしまわないようにと、入念なストレッチをおこなっていたのだ。
私も、脊髄損傷による下半身麻痺の人を診たことがあったが、脊髄の損傷部分は、椎骨同士が強力に引っ張り合うように、ひどく拘縮(こうしゅく)していた。
私にはそれが治るなどとは、到底思えなかった。
だが、脳性麻痺は、脊髄損傷による麻痺とは、全く違う原因の麻痺である。
相手が3歳の子供であることからも、ひょっとすると成長の過程で、新たな神経回路ができるのではないかという期待もあって、施術を引き受けることにした。
現在、モルフォセラピーでは、子供への施術は積極的にはおこなわないが、大まかな傾向として、子供のほうが大人よりも治りは早いようだ。
しかし、安全を第一に考えると、大人に対するよりも数段、慎重に施術をおこなう必要があるので、施術は極力控えていただきたいと思っている。
A君の話に戻ると、彼はまだ3歳にしかならないというのに、医師からは、「今後も知能は発達せず、生涯しゃべることも歩くことも、できるようにはなりません」という、呪いの言葉のような宣告を受けていた。
ご両親としては、せめて「パパ、ママ」と呼んでもらいたい、と切ない望みを抱いて模索しておられた。
そんな時、私を紹介されたのである。
当時の医学では、脳性麻痺は、生後の間もない段階では、診断がつかなかった。
そのため、成長するにつれて、筋力低下や痙縮(けいしゅく)・胸郭(きょうかく)の変形などが目立ってきて初めて、診断が下されるのだという。
A君のお母さんの話では、出産直後の病院での不手際が原因だったらしいが、はっきりとは断定できない。
私が見たところ、脳性麻痺だけでなく、ポリオや先天的な疾患をもっていたり、幼少期に障害を負っていたりすると、胸郭の下部が大きく開いていることが多いようだ。
医師によると、彼の症状は、言語障害並びに知的障害、両下肢の運動麻痺という診断であった。
また、一般的には、脳性麻痺による障害は、一生、治癒することはないといわれていた。
私にしても、顔面神経麻痺などの末梢神経の疾患に対する施術では、ある程度の手応えを感じていたが、脳性麻痺のような中枢神経の問題となると、全くレベルの違う話であることはわかっていた。
しかし、末梢神経を刺激することで、中枢神経に何らかの変化が起きることに期待するしかない。
そこでまずは、子供にしては緊張の著しい骨格筋を、やわらげることを第一の主眼にして、慎重に施術を始めた。
施術といっても、ほとんど表皮をなでる程度であったが、それでも、徐々に筋肉の緊張は解消していった。
もちろん、脳性麻痺そのものは、骨のズレが原因の疾患ではないから、モルフォセラピーの対象ではない。
A君の体にも左右差は見られたが、がん患者ほどひどいものではなかった。
だが、何らかの機能を阻害する要因として、そこに骨のズレが介在しているなら、施術は有効だと考えられる。
そこに望みがあった。
脊髄損傷による下半身麻痺とは違って、A君の体には異常な拘縮は見られなかったが、精神的にちょっとした緊張が走ると、骨格筋がひどく硬直し、片脚がもう一方の脚にぶつかるように交差してしまうのだ。
そのため、A君に限らず、脳性麻痺の子供は、股関節脱臼だと診断されることが多かった。
そして、筋肉を硬直させないように、腱(けん)を切断する手術を受けるのが、当然だと考えられていた。
確かに、その手術を受けた子の脚を見ると、硬直がなくなって介護がしやすくなっている。
だが、緊張して、脚を強く交差した状態でレントゲンを撮れば、股関節脱臼のように写るだけで、決して脱臼しているわけではない。
だから、この手術が妥当かどうかは疑わしい。
また、一旦、手術してしまうと、自立歩行への道が絶たれるので、私としては手術はできるだけ避けたかった。
そうして、私が施術を始めて1年も経たない頃、医師の予想に反して、A君は「パパ、ママ」どころか、歌さえ唄えるようになっていた。
後にはコンピューターゲームもできるほどになり、知能は他の子供と変わらないほど発達しているようだった。
残るは、歩行機能だけである。
しかし、ご両親は医師から、成長しきる前に早く腱の切断手術を受けるべきだと、再三、指導されていた。
親にとっては、むずかしい判断を迫られていたのだ。
一方、私は、いつ奇跡が起きてもいいように、腱が固くならないために、強制的にA君の脚を動かすトレーニングもおこなっていた。
強制的といっても、私の手で脚を動かしてあげると、本人は大喜びだった。
お母さんにも、同じことを毎日おこなうように指導していた。
そうすることで、親としても子供の体に対しての理解が、より深まると思ったからだ。
そんなある時、お父さんが何気なく撮っていたビデオの映像を見た。
そこには、歩行器に乗ったA君が映っていた。
歩けなくても、彼はいつも歩行器の上に座っていたのだが、その時には、軽く足先が地面を蹴っているのが映し出されていたのだ。
なんと、歩行機能の新たな神経回路が開発されていたのである。
これなら、歩けるようになるかもしれない。
それからは、その神経回路をさらに強固にするため、それまで実施していたトレーニングの他に、水泳なども取り入れてみた。
当時は、脳性麻痺の子供にダイビングをさせることもあると聞いていたが、誤嚥(ごえん)が心配なので、しばらくして水泳はやめた。
そうやって2年弱、A君への施術を続けたのだが、残念ながら、それ以上の目立った進歩は見られなかった。
「まだまだ時間をかけなければならない」
私が腹をくくってそう考えていた頃、また医師から手術を勧められて、両親の心は大きく揺れ始めていた。
当然のことながら、障害というのは本人の問題であると同時に、家族の問題でもある。
そこに、私のような赤の他人が介在しては、判断の邪魔になるだろう。
私がA君の、今後の全人生に関われるわけでもないので、その段階で私は身を引くことにした。
今考えても、私としてはできうる限りのことをしたと思う。
しかし、正直なところ、脳性麻痺のA君に対して、私の施術が効果があったかどうかはわからない。
奇跡に見えるような進歩だったとしても、単に、医師の当初の判断が間違っていただけで、彼の通常の成長過程に、たまたま私が関与したにすぎないのかもしれない。
いずれにしても、施術とその効果については、しかるべき立場の誰かが、検証してくれることに期待するしかない。
あの頃のA君は、会話はできなくても、いつも明るい表情で私を迎えてくれた。
彼のように、どんな時でも笑顔で他人を受け入れることなど、私にはとても真似ができない。
人間としての質の高さは、知能の発育とは全く別の次元であることを教えられた。
A君との出会いは、私にとって貴重な経験だったのである。
今はおつきあいはないが、A君とご家族が幸せでいてほしいと心から願っている。
(花山 水清)
「私の哲学」インタビュー第41回 花山水清
http://www.interliteracy.com/philosophy/hanayama_s.html
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子ごとひっくり返ってしまいました。転倒したときに側頭部を壁に打ち付け、
ボキッという音とともに頚椎下部に衝撃が走りました。幸い多少のズレと筋
肉痛ですみましたが、危うく今回が最終号になるところでした。(ハナヤマ)
★次回「ハナヤマ通信」は、8月3日(水)午前10時配信予定です★
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■記事提供/花山水清 ■編集・発行責任/有限会社花山水清
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