【ハナヤマ通信】345 徹頭徹尾とはならない話
以前、知人から妙な話を聞いたことがある。
「年をとると、だんだん頭蓋(とうがい)の縫合(ほうごう)がゆるんでくる。そのゆるんだ縫合を調整すると、顔のむくみが取れて小顔になる」という説があるというのだ。
そのときは、単なる話のネタとして、二人で大笑いして終わった。
それが最近では、この説が一般に浸透してきているようなので、少なからず驚いている。
頭蓋というのは、およそ22個の骨が、縫合と呼ばれるノコギリの刃のような縁(ふち)を接して、互いにかみあわさった状態で連結している。
解剖学の常識では、その縫合は、年齢とともにだんだんと繊維質が抜けて、骨と骨が癒合(ゆごう)してしまうことになっている。
そのため、年をとれば縫合がゆるむどころか、つぎ目そのものがなくなってしまうのである。
また、人間の場合、赤ちゃんのときには約300個もあった骨が、大人になると200個ほどになる。
このことからも、頭蓋だけでなく、人間の骨は、年齢とともに癒合していくものであることがわかる。
私は以前、ペルーでかなりの数の頭蓋を観察したことがあるが、確かに、高齢だと思われる頭蓋には、わずかに縫合の遺残(形跡)が確認できるのみであった。
そもそも、頭蓋の縫合は個人差が大きいものであるし、人種や地域、時代が違えば、さらにその違いも大きくなる。
例えば、前頭縫合は縄文時代の頭蓋に多く見られるが、縄文以降になると一般的ではない。
また、古代ペルーの頭蓋に多く見られるインカ骨は、特殊な三角形の縫合を形作ることで有名だ。
さらに、冠状縫合となると、左右一側性(左か右の片方)に現れることもある。
このように、複雑な存在である縫合に対して、一律に「縫合が年齢とともにゆるむ」などと主張する人々は、どのような手段でその違いを確認しているのだろうか。
私の技術では、頭髪や頭皮に覆われた状態で、縫合の存在を確認することなどできない。
もちろん、そんなことが手で触ってわかる人がいるとも思えないし、検査画像であっても、経年変化などわかるわけがない。
やはり私には、年をとると縫合がゆるむなどとは、とうてい考えられないのである。
もし仮に頭蓋が動くとしても、それは水頭症のように、頭蓋内からの圧によるものだ。
もし、頭蓋を外から力ずくで動かそうとするなら、その影響は、単なる外傷程度ではすまない。
頭蓋を動かすなどというのは、脳まで影響が及ぶ重症となりうる、非常に危険な行為であることは、明記しておきたい。
さて、解剖学上は、頭蓋と同様、年をとると癒合すると考えられている骨に、尾骨(びこつ)がある。
尾骨とは、一般的には尾てい骨と呼ばれていた、いわゆるシッポの骨のことである。
尾骨は、通常3〜5個の小さな骨(尾椎)が癒合して構成されており、その長さには個人差があるが、進化の過程で失われたシッポのなごりだという説が一般的なようだ。
この尾骨の長短については、今ではエセ学問だと認識されている優生学がヨーロッパで盛んだった頃には、尾骨が長い人は凶悪犯罪を引き起こす、などという説もあった。
私も、多くの人の尾骨を調べてみた結果、犯罪傾向はともかくも、その長短に個人差が大きいことは確認している。
実はこの尾骨について、最近、私の認識は大きく変わりつつある。
これまで私は、尾骨のズレは、その尾骨と癒合しているはずの仙骨のズレ、すなわち仙腸関節のズレと一体のものであるとしか認識していなかった。
尾骨は仙骨の先に位置しているので、仙腸関節がズレたとき、背部から見ると、仙骨の上部が左に、下部が右に傾いている。
そのため、仙骨につながっている尾骨は、右側に大きく振れた形になる。
その結果、陰部や鼠蹊部(そけいぶ)に痛みが出現したり、尿漏れなどのさまざまな症状の原因となるのである。
それらの症状は、仙腸関節を定位置に戻すことで、大部分が解消されるが、なかには、それだけでは完全には解消されないこともあった。
そういうとき、試しに尾骨だけを動かしてみると、残りの症状が消えてしまったのだ。
そうすると、仙腸関節のズレとは別に、尾骨だけが単独でズレていることになる。
つまり、尾骨は可動する、ということになるのである。
しかも、私の感触では、仙骨とのつながりの部分だけでなく、尾骨を構成する1個1個の骨も可動する場合があるようなのだ。
調べてみると、尾骨は動くという説を唱えた論文もあるらしい。※
そういわれてみれば、これまでにも、いくつか思い当たる症例があった。
あるとき、軽い腰痛で来院された30代の女性と話をしていると、痔核(いわゆるイボ痔)で悩んでいるという話になった。
この方はかなり痩せ型なので、椅子に座ると、いつもシッポが当たって、長い時間座っていられないそうだ。
早速、尾骨を調べてみると、普通よりもかなり長い。
長いだけでなく、尾骨がカギ状に湾曲しており、その先が肛門付近を圧迫しているようなのだ。
そこで、尾骨を正中方向に軽く押してみると、確かに動いた。
しかも、動いたのは仙骨とのつなぎ目ではなく、尾骨の1つの骨(尾椎)が可動したのである。
本人も、矯正後は、椅子にシッポの骨が当たる感触がなくなったという。
さらに、それ以後は痔核に悩まされることもなくなったそうだから、やはり、その尾骨のズレが影響していたのだろう。
どうやら、頭蓋と違って、尾骨は動くものであるらしい。
動くといっても、その可動域は極めて小さいものであり、イヌやネコのように動かせるわけではない。
しかし、仮に尾骨が単独で可動するのであれば、尾骨のズレは、意外な影響を及ぼしている可能性もある。
また、尾骨の長さや湾曲の度合を加味すると、その影響もかなり個人差が大きくなるはずだ。
それならば、尾骨の長短や湾曲の度合を調べることで、将来的な疾患を予測することが可能かもしれない。
そう考えだすと、これは優生学の復権にもなりかねない、などと思う。
さて、尾骨が可動するとなれば、新たな問題も浮上する。
「尾骨というのは、人類が二足歩行へと進化した過程で、退化してしまったシッポの痕跡である」という説が、疑わしくなってくるからだ。
つまり、尾骨は単なるシッポの痕跡ではなく、今現在も、何らかの重要な役割を担っている可能性があるのだ。
今後、尾骨に関しての研究は、私にとって大変興味深いものになった。
いかんせん、尾骨はデリケートな位置に存在するので、調査の難航が予想される。
いずれにしても、頭蓋は動かないが尾骨は動く、という結論だから、「徹頭徹尾」とはならない話なのである。
※ https://en.wikipedia.org/wiki/Coccyx
(花山水清)
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きっています。これは正に当誌のテーマそのものだといえます。(ハナヤマ)
『 日本教の社会学 』講談社 http://tinyurl.com/nemf6rj
★次回「ハナヤマ通信」は、8月5日(水)午前10時配信予定です★
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■記事提供/花山水清 ■編集・発行責任/有限会社花山水清
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